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日本の旬 魚のお話(冬の魚-6) | |
鰡(ぼら) | |
旬 | |
ボラはブリやスズキ、コノシロなどと並んで出世魚ともいわれ、神代の昔から日本人の生活に深くかかわりをもつ魚である。 関東では祝い魚として生後100日目のお食い初めに使われたり、ボラ漁の盛んな伊勢志摩地方では豊漁祈願神事や八幡祭などでボラを奉納するなど、縁起のいい魚である。 「寒鰤、寒鰡、寒鮃」と称される様に、冬になると泥臭さが消えて適度に脂がのり、一度味をしめたら忘れられるものではない。しかも、刺身にした時、ボラ特有の皮の下の紅がなんとも美しい魚である。 鰡の飛ぶ 夕潮の真ッ平かな 碧悟桐 |
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命名 | |
ボラの呼名は全国的な呼称であり、その語源については『大言海』に、「ボラとは腹の太き意なり、腹とは広・平・原と同義なり」とある。また、『本朝食鑑』や『本草綱目啓蒙』に、ボラは腹太の意とでている。これは、中国の春秋時代の北狹(ほくてき)の用語で、「角笛」を意味する「ハラ」という語の転訛であり、法螺貝(ほらがい)の呼称「ホラボラ」と同源同義語らしい。 ボラの呼称は、魚形が「角笛」に似ていることから、中国の胡語「ハラ」が転じて「ボラ」になったのであろう。 ボラの古名には「口女(くちめ)」や「名吉(なよし)」、「ツクラ」、「ツシラ」などがあり、『日本書記』に「クチメ」、「ナヨシ」と出ている。口女とは、口に特徴のある魚「口魚」の意。ナヨシは「名吉」、つまり成長につれて名が変わるので出世魚とされ、正月の祝魚ともされた。 |
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地方名 | |
ボラの地名は各地の方言や風土を反映し、実に多種多様である。 筑羅(ちくら)(沖縄) ・・・筑紫の国と新羅の国の海域に多産する魚の意。 鐘打棒(かねうちぼう)(鹿児島) ・・・・撞木(しゅもく)に似て、丸く太く長い魚形から。 ツボ・ズボ・ツブラ(秋田) ・・・・円筒形の魚体から。 チョボ(三重・兵庫) ・・・関西の方言で丸みのある小さいものをチョボという。 デコ(三重) ・・・・・・・・・伊勢方言で人形のことをデコといい、可愛い小魚の意。 伊勢鯉(関西・北陸) ・・・・伊勢に多産し、魚形が鯉に似ているところからとあるが、「イセ」は「エセ」の転訛で、「エセ」と は似て非なるものを言うことから、鯉に似て鯉にあらざる魚の意であろう。 州場(すば)・州場魚(すばこ)・州場走(すばしり)(東京) ・・・・浅場にいる10cmぐらいの魚。 稲魚(いな)・異名(いな) ・・・・稲田に入り込んでくる魚を稲魚という。また、昔の人はボラの腹を開いても卵がなく、どこから 産まれるのか不思議がって異名とした。 トド・・・・・・・・・・・・・・・・内湾で2〜3年過ごしてから外海と出入りし、やがて産卵のため外海へ出て行ってニ度と戻っ てこない「遠(と)う遠う」の意で、老成した魚を言う。「トドのつまり」の語源。 |
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スズキ目ボラ科ボラ属ボラ | |
日本近海にはボラ科の仲間として、メナダ、ヤスシボラ、コボラ、フライボラ、オニボラがいて、そのうち多く獲れるのはボラ(マボラ)とメナダの2種である。 メナダ・・・ボラと区別がつかない程よく似ているが、受け口のボラに対して下口で、唇が口紅をつけたように赤い。 また、脂瞼(しけん)と胸ビレの青い斑点がなく、ボラよりも北方系。 |
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形態 | |
紡錘形で、胴の太い体に大きな尾鰭(おびれ)がある。体色は、背面が灰青色で、腹面が銀白色。ボラは冬場に入ると「めくらボラ」といわれる様に、脂瞼(透明な脂質で保護している膜状のもの)が発達している。また、胸鰭の基底部に青い斑点がある。 俗に「ボラのヘソ」や「ボラのそろばん」と呼ばれるのは、泥と共に餌を呑み込み、泥だけ外に排泄するために胃の出口である幽門部が発達したもので、鶏の砂肝に似ている。 |
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分布 | |
世界の暖海や熱帯海域に広く分布しており、日本では北海道以南の各地の沿岸に棲息する。耐温限界は上限が32℃、下限が2〜3℃といわれ、棲息水温は10〜30℃で、20℃が成長適水温。 | |
産卵 | |
オスよりメスの方が大きく、一妻多夫型で、産卵は関東から九州の太平洋側では10〜1月に、外海や外海に面した10m以深の海底でおこなわれる。産卵数は約220万粒。卵は球形で直径0.8〜1mmの分離浮遊卵。20〜25℃の60時間で孵化する。 | |
成長 | |
稚魚は2〜3日後に3mmになり、脂瞼は全長3〜4cmの頃に出現して5cm頃に完成する。全長2cm以下の仔魚は背面が淡緑色または緑青色であるが、3〜6cmに達する翌春には銀白色になり、外洋から沿岸の河口や河川に侵入して生活する。 遡上する水温の範囲は12〜23℃で、秋口には20〜25cmに成長して湾内に戻る。1年で20cm、2年で30cm、3年で40cm、5年で50cmに成長する。 |
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漁法 | |
日本各地で漁獲され、大きな群を作る春と秋が漁獲の盛期となる。刺網、釣り定置網、巻網があり、定置網に入るボラの動きを監視する為、海中にたてられた櫓を、鰡櫓(ぼらやぐら)や鰡見台(ぼらみだい)、鰡見梯子(ぼらみはしご)などと呼んでいる。 鰡見梯子 一段つづに 海を眺め 神蔵 器 |
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出世魚 | |
1.ハク・ゲンブク・キララゴ(3〜4cmまで)・・・・春うららかな頃、外海で生まれた稚魚が群れをなして押し寄せてくる。 2.オボコ・イナッコ・スバシリ(4〜18cm)・・・・・6月頃川を遡上し始める。 3.イナ(18〜30cm) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・秋には20cm以上になって川を下り、海の深場へ入る。 4.ボラ(30〜40cm) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・翌春(2才魚)には再び浅瀬にやってくる。もう一人前。 5.トド(40cm)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・産卵のため、忽然(こつぜん)と沿岸から消える。 高知ではイキナゴ(6cm)→コボラ(10cm)→イナ(15cm)→ボラ及びオオボラ 東北ではコッブラ→ツボ→ミョウゲチ→ボラ |
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ジャンパー | |
飛魚の様に長い胸鰭がないので、グライダー式の飛翔は出来ないが、上方に1.2〜1.5mの高さまで飛び跳ね、回転して頭を下にして落下する。ちょうど縦に細長く八の字を描く見事なジャンプ。 静かな凪の夕べに突然身をくねらせて飛び跳ねたボラは、ともりそめた灯台と共に秋の詩情を深める。 鰡飛んで 燈台遠く ともりけり 河原 白朝 |
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海幸彦・山幸彦 | |
弟(山幸彦)が兄の釣針を無くした神話。 『日本書記』には、「海神赤女(あかめ)、口女(くちめ)を召されて之(これ=山幸彦が無くした釣針)を問う。時に口女、口より針を出し奉う。赤女即ち赤鯛也、口女即ち鰡魚也」とある。 |
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いなせな○○ | |
「いなせ」とは、勢いがよく、少し斜に構えた様子の例えだが、これはボラの若い時の「イナ」の背と、日本橋の魚河岸に集まる威勢の良い若者達の髷(まげ)の形が似ているから、もしくは、彼らの彫り物をした背中の青さが似ているから呼ばれるようになった。 | |
唐墨 | |
本来は、ボラの卵巣を塩漬にして乾し堅めたもので、その製法は、トルコかギリシャで考案されたものが中国を経由して、約400年前に日本へ伝わったと言われている。 天正11年(1588年)に肥前(佐賀県)名護屋で、長崎代官が豊臣秀吉に野母(長崎県)のカラスミを献上した。秀吉にその名を問われた代官はハタと困ったが、中国の墨石に似ているところから「唐墨でござる」と即答したとか。 瀬戸内では充分に卵巣が成熟したボラは少ないが、長崎は内海にいたボラが産卵の為に南の海へ向かうルートに当り、絶好の産地といえる。 近年ではトド級のメスボラとなると、漁獲量の1割程度で貴重品扱いとなっている。 淡いべっ甲飴色が上等品とされ、空気に触れない様に保存する。安い物の中には、メナダの他にエソやマダラなどの卵巣を使用するものもある。 |
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唐墨親子 | |
平凡な親が立派な子供を産むことの例えで、「トビが鷹を産む」と同様に用いられる。 | |
天下の三珍 | |
江戸時代には、越前のウニ、三河のコノワタと共に唐墨を「天下の三珍」と呼び、口臭を消したり悪酔いを防ぐため、武士がカラスミを印籠(いんろう)に入れて持ち歩いたと言われる。 | |
ボラのヘソ | |
「ボラのそろばん」とも言われ、「アンコウの肝にボラのヘソ」と並び賞されるほどの美味。きれいに水洗いして砂を出し、醤油のつけ焼きで食べるのは最高。夏目漱石の『吾輩は猫である』のなかにも登場する。 「元来、我々同族間では、目刺の頭でも鰡のヘソでも一番先に見付けたものが之を食う権利があるものとなって居る」と書いている。 |
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雀鮨(すずめ) | |
江戸時代の『毛吹草』(1644年)に紹介されている大阪の名物「雀鮨」は、現在のような小ダイでなく、15〜20cmぐらいの江鮒(えぶな=関西でのオボコ級の呼名)を開いて腹に酢飯を詰めた。詰めた形が雀に似ているから「雀鮨」の名がついたという。 | |
地方料理 | |
湯ぼら(高知)・・・・・・・・・夏から秋にかけて、獲れたてのボラを船上で熱湯の中で煮て酢醤油で食べる。いわばチリ 鍋風。 甲州揚げ(山梨)・・・・・・・ジャガイモとボラをすりつぶし、団子にしてゴマ油で揚げる。 ボラチャイズ(能登)・・・・春先のボラの照り焼きを、炊き立ての御飯の上にのせてお茶をかけて食べる。 イナ饅頭(名古屋)・・・・・鱗や鰓、内臓、中骨を取った腹に、ネギ、ゴボウ、ショウガ、味醂、酒を加えてよく混ぜた八丁 みそを詰め込み、串に刺して中火でこんがりと焼く。ボラが出世魚というところから祝いの席 の料理である。尾西市の料亭「末木」のイナ饅頭はことに有名。 |
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食べ方 | |
夏は泥臭みがあるが、冬になると臭みもとれ、脂が乗って肉もしまってくる。下ごしらえの時、内臓をつぶさないことがポイント。 活魚であれば「背越しなます」を酢醤油かショウガ醤油で、もしくは洗いを酢味噌で食べるのがよい。 鮮度の良い物は三枚におろしてすぐ刺身にせず、皮を引いてから薄く塩を振り、冷蔵庫で1日ぐらいしめる。それから塩をとって刺身にする。 焼き物では、頭つきのまま背開きにし、塩を振ってしばらく置き、さっと水洗いして水気を切り、塩焼きやみそ醤油でつけ焼きとする。 大型のボラはブツ切りにしてみそ煮にし、長時間コトコトと煮ると良い。 洋風料理として、フライ、ムニエル、バター焼き、パイ皮包みなどがある。唐揚にする時は野菜あんかけをかけたり、臭みが気になる時はカレー粉やバジルコなどの香辛料で下味をすると良い。 鰡飛んで 海の干満 紛れなし 関口 恭代 追込の 声が閧(とき)なす 鰡櫓 鍵主 泥牛 朝市や 握りて太き 鰡の首 犢 村 |
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